コラム

布団の歴史について

私たちが布団を敷いて寝るようになるまでの布団の歴史についてご紹介しております。

古代から現代までの布団の歴史

タタミもフスマも、かつては布団でした。

布団の歴史を遡ると古代では、敷き布団にあたるものをタタミ、掛け布団にあたるものをフスマと呼んでいました。

タタミは、使わないときには巻いて片づけておき、必要なときに広げて敷くものでした。フスマは寝るときの着物でした。

なぜ「キヌギヌの別れ」というのか?

「古今集」に「しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき」という歌がありますが、空が明けてくると、衣と衣とを打ちかけ合って寝ていた男女が、それぞれの上衣を自分の身につけて別れてゆく様を歌ったものです。

つまり、王朝時代には、昼間身につけていた衣服を脱いで、これを夜着として使用することが多かったようです。

布団はもと小型の座蒲団のことでした。

布団は蒲団とも書きますが、もともとは蒲を材料とした円形の敷物で、座禅のとき、禅僧がお尻の下にあてがう小型の座蒲団でした。

寝具としての布団が最初に登場したのは、天正20年(1592)で、それは木綿わたの入った敷き布団のようです。

桃山時代(16世紀後半)には夜着が現れました。夜着とは、襟や袖のついた上掛けの夜着です。

その頃から、建具のフスマ障子を「フスマ」と呼び、寝具のフスマを「ヨギ」と名づけたようです。

タタミの上に布団を敷いたのは、明治以降。

元禄時代(17世紀後半)から、上掛けの布団を着て寝るという風俗が生まれたようです。しかし、庶民はまだ、ムシロとか天徳寺と呼ばれる紙の寝具を用いていました。

押入れが一般化するのは明治以後のことで、夜が来ると、タタミの上に布団を敷いて寝るようになり、現在の布団の形になりました。そして、毛布とシーツも生活に取り入れられるようになりました。

明治以降から昭和中期までは、ほとんどが木綿布団。

明治以降から安く綿が本格的に日本に輸入され、綿入れの布団が一般庶民にも定着してきました。布団と言えば、中身は掛け布団も敷き布団も、殆どが木綿わたの布団でした。

この頃はまだ綿布団は高級品であり定期的に綿の打ち直しを行い各家庭で仕立てるものだったので、布団店は無く、わた屋から綿を購入したり、打ち直しをした綿を使い自分で仕立てて使われていました。

布団は使わない時は定期的に日干しを行い乾燥した状態にさせておくことが日常的に行われていました。

昭和中期以降からは、高級品から生活用品として色々な布団が登場。

昭和中期以降になると寝具の素材として、それまでなかった、綿の替わりとなる軽い化学繊維が登場し中わたを固定させるためのキルティングなどが施され、側生地も従来にはなかった洋風柄な洋ふとんが登場しライフスタイルの洋風化の動きと相まって洋ふとんブームとなり、爆発的に売れました。

また、日本経済の高度成長とともに軽くて 保温性、吸湿性、発散性がよい羽毛掛ふとんを使うようになりました。敷きぶとんは吸湿、発散、保湿性のよい高級な羊毛ふとんも販売さ れ始めました。

まとめ

明治に入ると、蒲団がしだいに一般庶民の住宅に浸透してきました。寝室にあてられる空間(主として納戸)は、住宅の中でも窓もなく、通気性に恵まれない、文字通り日の当らない部分でした。

そこに、従来のムシロや天徳寺に代わって、吸湿性の高い綿蒲団が持ち込まれ、以前の習慣のままに昼も夜も敷きっぱなししていました。吸湿性の高い蒲団の使用が、かえって日本人の就寝生活の条件を悪くしたともいえます。

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